第7回 人類史上「最悪の年」から1000年続いた暗黒時代

前回は歴史が700年も追加されている可能性についてご紹介しましたが、歴史が改ざんされているとすると、年表はもはや信用できず、議論の対象になりません。
そこで、「何が起こったと伝えられているか」に注目して、歴史を考えるようになってきています。現在千年王国が終わっていると考える人たちの間で支持されている説は、「黙示録の出来事は西暦536年に起こった」という説です。
人類史上「最悪の年」だった西暦536年
西暦536年とはどのような年なのかというと、こちらやこちらに記事がありますが、「人類史上最も生きるのが困難だった年」と言われている年です。
この説に関してはショート動画で解説されていますのでご紹介します。
(上記動画の日本語訳)
西暦536年は記録上最悪の年と呼ばれ、18ヶ月に及ぶ暗黒時代が続き、その後ミニ氷河期のような現象が続き、ペストによる飢饉と戦争が続きました。この時期にローマ帝国が崩壊し、暗黒時代が始まったと言われています。まるで黙示録の「怒りの鉢」「トランペット」「四騎士」のようです。まさにこれらが起こったようです。
イエスは1世紀に存在し、エルサレムの滅亡は西暦70年だったと教えられています。当然ながら多くの人や懐疑的な人たちはこう言うでしょう。「それは興味深いけれど、(536年は)イエスの時代に近くない。確かに黙示録の災害に似ているが、私は信じないさ。十分に近い時期ではないからね」
これはヨーロッパにおける文明の崩壊の一つと言われています。しかし、これは前期古代の三つの崩壊のうちの一つで、中期古代の崩壊と後期古代の崩壊があります。
西ローマ帝国は前期古代に滅亡しました。
東ローマ帝国は中期古代に滅亡しました。
そして後期古代には北ヨーロッパが滅亡しました。紀元前536年の年表では、マヤ文明も同時に滅亡したとされています。歴史家たちは、それが火山の噴火、彗星、あるいは隕石が原因かもしれないと述べていますが、詳しく調べてみると実際には誰にも分からないのです。
アメリカ大陸にまで及ぶような広範囲にわたる崩壊が、ヨーロッパの他の地域に影響を与えずに起こることはあり得ません。
また地層学に基づくと、建築、文化、芸術、言語は発展せず、すべての建物が同じ地層レベルにあるのです。
古代初期、古代中期、古代後期の崩壊はすべて同じ崩壊でした。700年を取り除けば、すべて同じレベルになるのです。
これこそが世界が崩壊した時なのです。
つまり536年がイエスの時代の直後に起こったことでした。
1000年続いた暗黒時代
もし536年は黙示録が起こった年だったとしたら、その直後に千年王国が始まったと考えられます。
ヨーロッパの歴史には「中世の暗黒時代」と呼ばれている時代があり、ChatGPTでは、ヨーロッパの暗黒時代が、「5世紀から15世紀まで1000年間続いた」と答えました。
日本語訳:暗黒時代はどれくらい続きましたか?
中世としても知られる暗黒時代は、ヨーロッパの歴史の中で、5世紀から15世紀まで続きました。この時代は、侵略、戦争、貧困の蔓延を特徴とする、社会的、経済的、政治的大混乱の時代であると考えられています。「暗黒時代」という用語は元々、この時代を、文化的および経済的な衰退の時期と見なしたルネサンス時代の学者によって、使用されましたが、現代の歴史家はこの見解をほとんど拒否し、代わりにこの時代を移行と発展の時期と見なしています。
ChatGPT
暗黒時代は暗黒ではなかった
暗黒時代とは、西ヨーロッパの文化や経済が悪化し、たえず飢饉が起こり、不衛生で黒死病や疫病が流行し、平均寿命は30歳以下だったと言われています。
科学の進歩は見られず、政治的にも不安定な時代で、宗教が権力をもち、人々は迷信や神話にすがっていたそうです。この時代の記録はほとんど残らず、史料は圧倒的に少ないそうです。
そんな悲惨な暗黒時代に、下の写真のような、壮大な建物が建てられていました。絶えず飢饉があって、食べるものがなく、馬と馬車しかない時代で、電動工具やクレーンもない時代です。
それなのに、とてつもなく素晴らしい荘厳な建築物が建てられていました。暗黒時代は暗黒ではなかったのです。
つまりこの1000年続いた暗黒時代と呼ばれる時期こそが、千年王国の時代だったのではないかと考えられています。

歴史を捏造した人たち
「歴史を捏造した人物」として有名なのが、スカリゲル(Joseph Scaliger1540年~1609年) というイエズス会の宗教指導者兼学者と言われる人です。歴史は1000年追加されていると主張するアナトリー・フォメンコは、スカリゲルについて、「ルネサンス以前の偽りの記録を捏造して、広めることに貢献した、当時の有力な歴史家の一人に数えられる」と語っています。
このスカリゲルによって、ほとんどすべての古典文明の歴史の年表が開発されました。スカリゲルは、数多くの古代の重要な日付を定めたと言われる人物で、ギリシャ語またはラテン語で現存するあらゆる年代順の遺物を収集、修復、整理したそうです。
そしてスカリゲルの歴史編纂研究を引き継いだのが、イエズス会のデニス・ペトーDenis Petau(Dionysius Petavius)
という人です。BC (キリスト以前) と AD (アンノ・ドミニ、主の年)の年代測定法は、525 年に考案されていましたが、普及させたのはデニス・ペトーだと言われます。この人たちが活躍した時代に、グレゴリオ暦が導入されています。
また、ギリシャ語とローマ語の文書のほとんどは、ベネディクト会の修道士によって偽造されたという主張もあります。古代の文献は、オリジナルで残されているものはほとんどなく、コピーのコピーのコピーと言われ、何が真実の歴史なのか、もはや分からなくなっているのです。
放射性炭素年代測定というインチキ
「年代測定には、炭素年代測定があるではないか」と思われている方のために、炭素年代測定について簡単に解説しておきます。多くの人が炭素年代測定を使って、正しく年代を測定できると信じています。一見すると科学的測定に見えますが、実は炭素年代測定とは「何千万年古い」などのウソを、科学的に証明したと思わせるためのインチキツールです。
第12回ノーベル・シンポジウム議事録には、「放射性炭素年代測定法が、自分たちの理論を支持するならば、教科書に記載しましょう。完全に矛盾していない場合は、それを脚注に入れます。もしそれが完全に無効となるなら、取り下げましょう」と書かれています。つまり「自分の研究に有利な数字が出たときだけ利用しましょう」ということなのです。
炭素年代測定は「Carbon-14 prostitute(炭素14は売春婦)」とも言われ、「自分の研究を、都合よく主張するために使われている」と揶揄する研究者もいて、信用されていません。
聖書の創造論を語るケント・ホビンド博士が、3 人の進化論者を相手に、エンブリー・リドル大学で討論している動画が公開されていますが、この討論でホビンド博士は、放射性炭素年代測定法について、その成り立ちやどのようにして調べるのか、なぜエラーがあるのかを述べています。
彼が語った測定結果の事例を少し紹介すると、「放射性炭素年代測定法で、殺されたばかりのアザラシは1,300歳となりました。マンモスの体の一部が40,000歳と定められたのにもかかわらず、別の体の部分では26,000歳でした。生きているカタツムリが27,000歳と年齢を定められました。」と、放射性炭素年代測定法が、いかにインチキなのかを紹介しています。そして最後は、「もし放射性炭素年代測定法で、年齢などを証明できると思うなら、あなたの脳ミソの検査が必要です。」という言葉で締めくくられています。
下の動画は、放射性炭素年代測定法について語る個所からリンクしていますので、是非参考にしてください。